東京高等裁判所 平成7年(ネ)2297号 判決 1995年12月25日
平成七年(ネ)第二二三七号事件控訴人、
同年(ネ)第二二九七号事件被控訴人
(第一審原告)
守屋憲三
平成七年(ネ)第二二三七号事件被控訴人、
同年(ネ)第二二九七号事件控訴人
(第一審被告)
不在者植野信種
右法定代理人不在者財産管理人
植野百合子
右訴訟代理人弁護士
大西英敏
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告は、第一審原告に対し、金一五八万九〇四一円を支払え。
2 第一審原告のその余の請求を棄却する。
二 第一審被告の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、第二審を通じ、これを二分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。
四 この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 第一審原告
1 平成七年(ネ)第二二三七号
(一) 原判決を次のとおり変更する。
(二) 第一審被告は、第一審原告に対し、金三五〇万円を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 平成七年(ネ)第二二九七号
本件控訴を棄却する。
二 第一審被告
1 平成七年(ネ)第二二九七号
(一) 原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。
(二) 第一審原告の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
2 平成七年(ネ)第二二三七号
本件控訴を棄却する。
第二 本件事案の概要
一 本件事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二枚目表一行目の「強制執行手続」を「不動産競売手続」に、同一一行目の「請求債権」を「債権」に、同裏二行目の「(請求債権)」を「(被担保債権)」に、同五行目冒頭から同九行目末尾までを次のとおりそれぞれ改める。
「(担保権)
以下の登記に係る抵当権(以下「本件抵当権」という。)
主登記 水戸地方法務局筑波出張所昭和五六年七月二一日受付第四二七九号、原因昭和五六年三月一日金銭消費貸借契約同日設定、債権額金一〇〇〇万円、損害金年三割、抵当権者向山仁久
付記登記 昭和五六年七月三一日受付第四五九四号、原因昭和五六年七月三〇日債権譲渡、昭和六一年二月八日受付第九五二号、原因昭和五六年九月八日債権譲渡、抵当権者第一審原告」
2 同三枚目表一行目の「右不動産競売手続」の次に「(以下「本件競売手続」という。)を、同二行目の「第三号」の次に「、以下「本件保全命令」という。」をそれぞれ加え、同三行目冒頭から六行目末尾までを次のとおり改める。
「3 第一審被告は、本件保全命令の本案訴訟である本件抵当権の設定登記抹消登記手続請求事件につき敗訴し、平成六年二月七日、右敗訴判決が確定した。(平成六年)(オ)第一六四一号)
4 本件競売手続は、本件保全命令以降右本案訴訟の判決確定までの間、停止された。」
3 同九行目の「強制競売手続の」を「本件競売による」に、同一〇行目の「手続が六二四日間」を「本件保全命令により本件競売手続が七二六日間」にそれぞれ改め、同一一行目の「遅れたため、」の次に「田代住江に対し、」を加える。
4 同裏九行目から同一〇行目にかけての「本件不動産競売決定の抵当権とは別の原告の抵当権設定が認められる」を「本件抵当権とは別の第一審原告の抵当権の存在を認める」に、同一一行目冒頭から同四枚目表一行目末尾までを「したがって、第一審原告は、平成六年二月七日以前に、本件保全命令の取消しを求め、停止させられた本件競売手続を続行させ、あるいは別途、本件不動産競売を申し立てることができた。」にそれぞれ改める。
5 同二行目の「本案訴訟は不当訴訟ではない。」を「第一審被告、その妻である植野百合子やその子である植野幸一等と第一審原告との間には、一〇年間にわたり多数の訴訟が係属し、長年争っている事実等からすれば、第一審被告が本件競売手続停止の仮処分を申請し、本件保全命令を得て執行したことにつき相当な事由があり、なんら過失はない。」に、同三行目冒頭から七行目末尾までを次のとおり、それぞれ改める。
「四 争点
1 本件保全命令を申請し、命令を執行して本件競売手続を停止した第一審被告に過失がなかったといえるか。
2 本件保全命令によって生じた第一審原告の損害額」
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
第一審被告が提訴した、本件保全命令の本案訴訟である本件抵当権の設定登記抹消登記手続請求は、第一審被告の敗訴判決が言い渡され、その判決が確定したから、他に特段の事情のない限り、右保全命令を申請し、右命令を得て本件競売手続を停止したことにつき第一審被告に過失があったものと推認するのが相当であるところ、第一審被告は、右命令を得て本件競売手続を停止させたことについて相当な事由があった旨主張する。
しかし、第一審被告は、前記のとおり、第一審被告や、その妻植野百合子等と第一審原告との間に多数の訴訟が係属し、第一審原告と長年紛争を続けているのであり、その紛争の実態からすれば、第一審被告において第一審原告の本件抵当権は抹消されるべきものと判断して本件保全命令を申請し、命令を得て手続を停止させたことに相当な理由があり、過失はない旨及び本案訴訟において田代住江が証人として出頭すれば勝訴できたはずである旨主張するのみで、相当な理由にあたるべき具体的事実についてなんら主張、立証をしないから、右特段の事情があるものとは認められない。
したがって、第一審被告は、本件保全命令によって本件競売手続を停止させたことに過失があるというべきであり、これによって被った第一審原告の損害の賠償義務があるといわざるを得ない。
二 争点2について
そこで、第一審被告の賠償すべき損害額について検討するに、右損害は、本件不動産競売手続が右保全命令により停止されたことにより、本件抵当権の被担保債権についての配当が遅れたことによるもの、すなわち、配当として受領することができた額に対する、右停止期間に対応する民法所定の年五分の割合による遅延損害金であると解すべきである。そして、第一審原告の本件抵当権は最先順位であること、平成三年一二月一一日時点における本件不動産の評価額が三五四一万七〇〇〇円であること(甲一五、二〇、乙二〇)に照らせば、本件競売手続が停止せずに進行していた場合においても、一〇〇〇万円及び約定の年三割の割合による二年分の遅延損害金合計一六〇〇万円の配当は受けられたものと推認するのが相当であるところ、本件競売手続が停止しなければ、本案事件の判決の確定により停止が解けた日(平成六年二月七日)から本件競売手続において現実に配当がなされた配当期日(平成六年一一月二五日)までの期間と同じ期間の経過後に第一審原告が右一六〇〇万円の配当を受けられたものと推認するのが相当であるから、結局、第一審原告の被った損害は、配当金額一六〇〇万円についての本件不動産競売手続が停止した平成四年二月一三日から平成六年二月七日までの間(一年と三六〇日)の年五分の割合による遅延損害金一五八万九〇四一円となる。
なお、第一審被告は、平成五年一月一二日、別件訴訟で勝訴したことにより本件不動産について本件抵当権とは別の抵当権を有するものと認められたから(甲一二、乙三の1、四及び弁論の全趣旨)、右抵当権に基づき本件不動産競売申立てをして手続を進め、より早期に配当金を得ることも可能であったとして、右以降の本件競売手続の停止期間についての遅延損害金は請求できない旨主張する。しかし、第一審原告が、右抵当権に基づき新たに競売申立てをして本件不動産につき二重の競売開始決定を得、さらに続行決定の申立てをして手続の停止を解消し、損害の増大を自ら防ぐ義務があるとまでいうことはできないから、第一審被告の右主張は採用しない。
また、第一審被告は、平成四年一一月三〇日、水戸地方裁判所土浦支部において本案訴訟につき第一審被告の敗訴判決が言い渡されたのであるから(同支部平成四年(ワ)第三号事件、乙八)、右時期以降、本件保全命令につき事情変更を理由とする取消しを求めることができたはずであるとし、右時期以降の停止期間についての遅延損害金は請求できない旨主張するが、第一審原告において、本案訴訟が確定する以前に本件保全命令の取消しを求めるべきであるとまではいえないから、右主張は採用しない。
また、第一審被告は、遅延損害金が付される配当額は、本件抵当権の被担保債権の元本である一〇〇〇万円にとどまると主張するところ、確かに右配当金一六〇〇万円のうち六〇〇万円は右元本に対する遅延損害金ではあるものの、前記のとおり手続が停止しなければより早期に一六〇〇万円の配当を受け得たものであるから、右一六〇〇万円全体の支払が遅延したことによる遅延損害金が第一審原告が被った損害額であると解するのが相当である(第一審原告は、本件競売手続が停止された結果、田代住江に対する債務の返済が遅れ、損害金を余分に払わなければならなくなったことを損害として主張するが、右は右停止と相当因果関係のある損害とは認められない。また、第一審原告は、本件抵当権以外の抵当権に基づいて配当を受けるべき額についても競売手続の遅延に基づく減少が生じたとして本件不動産の売却価額の低落による損害を主張しているが、右抵当権に基づいて本件保全命令にもかかわらず競売手続を進行させることは可能だったのであるから、これをしなかった結果生じた損害の賠償を求めることはできない。さらに、第一審原告は慰謝料を請求するが、本件保全命令によって第一審原告が財産的損害と別に慰謝料をもって慰謝されるべき精神的苦痛を受けたものとは認められない。)。
第四 結論
そうすると、第一審原告の本件請求は金一五八万九〇四一円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、第一審原告の控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を右の理由のある限度で変更することとし、第一審被告の本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)